
「お薬の管理をしてほしい」から始まったご縁
さおりさん(50代)との出会いは、
「お薬の管理をしてほしい」という相談員さんからのご依頼で始まりました。
お薬を飲みすぎてしまうこともあり、
きっと、それまでの暮らしはとてもしんどかったのだと思います。
一人暮らしのさおりさんには、彼女に見える世界がありました。
お部屋には、たくさんの子どもたちや人たちがやってきて、話しかけてくる。
だから、なかなか眠れない。
なかなか落ち着けない。
時には、その人たち同士が喧嘩をしたり、
さおりさんに向かって攻撃してくることもある。
そんな世界の中で、私たちを迎え入れてくれました。
彼女に見える世界と、一緒に考えた暮らし方

どうしたら、そのお部屋にやってくる人たちと仲良く過ごせるんだろう。
どうしたら、その人たちに邪魔されずに暮らせるんだろう。
外に出て買い物をするとき、自分だけに見える人たちから、自分の生活をどう守ればいいんだろう。
そんなことを、一緒に考えました。
「ああしたらどうかな」
「こうしたらどうかな」
たくさん語り合い、いろんな方法を試しながら、暮らしを整えていきました。
さおりさんの占い

そんな中で知った、彼女の特技がありました。
スタイルのスタッフ一人ひとりを、
“お花”や“お寿司のネタ”で占ってくれること。
それが、本当にぴったりなんです。
話を聞いていると、彼女がどれほど丁寧に、その人のことを見て、感じ取ってくれているのかが伝わってくる。
私はその「さおりさん占い」を聞くのが、いつも楽しみでした。
そして、彼女の見える世界の中でも、
子どもたちが喧嘩をしたり、いろんな出来事が起こるのですが、
さおりさんは、そのたびに仲裁に入っていました。
「みんな、仲良くしてくれたらいいのになぁ」
そんな願いを込めながら、
とても優しく、あたたかく。
彼女の中にあるその優しさを、私はずっと見せてもらっていました。
だからこそ、訪問の日にはいつも願っていました。
どうか今日も、彼女のお部屋の中が穏やかでありますように。
支えられる側から、支える側へ
人懐っこい彼女には、身近に支えてくれる大切なお友達がいました。
最初は、彼女が支えられる側でした。
けれど、そのお友達が年齢を重ね、病気が表に出てきたとき、
今度は彼女が、その人を支える側になりました。
お薬の管理。
身の回りのお世話。
必要なサービスにつなぐこと。
「私がしてもらったことを、今度はあの人に返したい」
そんな純粋な想いで、
体のあちこちが痛いと言いながらも、一生懸命動いていました。
そこにあったのは、彼女の根っこにある優しさでした。
もう一回、勉強してみたい

ある日、彼女が言いました。
「もう一回、勉強してみたいんだよなぁ」
いろんな事情があって、学校で十分に学ぶ機会を持てなかった彼女。
でも、落ち着いた今だからこそ、
学びの場に行ってみたいと、希望を語ってくれました。
学ぶ機会は少なかったかもしれない。
でも、生きる力は、暮らしの中でちゃんと育まれていました。
だからこそ私は思いました。
もしここに「学び」が加わったら、
彼女は何歳からでも、新しい世界を広げていける。
そんな希望の光を、彼女の中に見たことを覚えています。
そんな彼女でしたが、
ある日突然、お家の中で倒れ、私たちはお別れすることになりました。
それでも、彼女との時間は、私の中にたくさんの笑顔を残しています。
知っていることの量ではなく、
目の前の人に、自分は何ができるか。
その“行動”で愛を示していた彼女を、
私は心から尊敬しています。
便箋に綴られた、たくさんの想い

彼女からもらった手紙は、今も私の宝物です。
私が体調を崩して入院したとき、
便箋8枚にわたる手書きの手紙をくれました。
そして退院した時には、
また10枚もの手紙で迎えてくれました。
そこには、彼女自身の成長と、
スタイルという場所が「安心」であることが綴られていました。
その中に、こんな言葉がありました。
「あなたは、私の部屋にひまわりの花を置いていってくれている。ちゃんと水やりしてるよ。」
その言葉を読んだとき、胸がいっぱいになりました。
私の訪問が、ひまわりになれていたのなら

私にとっては、いつもの訪問。
いつもの看護。
それが、さおりさんにとって、私の訪問そのものが明るさや安心、希望の象徴になれていたとしたら。
看護師としてではなく、
人として繋がれていたことが、
こころからうれしい。
手紙を読み返すたびに、嬉し泣きします。
人は、ここまで変わることができるんだ。
いくつからでも、
こんなにも、できることが増やせるようになるんだ。
そして彼女の言葉は、今も私を“看護師”に戻してくれます。
亡くなった今も、
彼女はちゃんと、ひまわりのような笑顔と共に私の心の中にいてくれます。
さおりさん。
ありがとう。

